三国志英傑群像 三国志ポータル 三國志情報とグッズ


三国志武将紹介
 ここでは当サイトの取り扱っている三国志の武将を中心にご紹介してまいります。
 三国志に登場する人物は何百人といます。その中で有名な人物を選んでもまたまた何十人もいます。
 複雑な人間関係・歴史を理解することでより深い三国志の世界を満喫しましょう!
 英傑群像オリジナル
三國志武将のグッズはこちら
 
袁紹・袁本初
三国時代のセレブ
 
袁紹(えんしょう)
 袁紹は四代続いて三公を出した名門の御曹子で、霊帝の時代に洛陽の朝廷に仕えていた。しかし、西涼の董卓が武力で洛陽を制圧したため董卓と対立した袁紹は冀州に逃れたのである。連合軍はしょせん鳥合の衆だったため、仲間割れをはじめ、それぞれの領地に帰ったが、袁紹は兵が多かったので、食に困り、そのまま兵に物を言わせ、州をのっとったのである。そして、袁紹の優柔不断さから、曹操軍に散々打ちのめされ、昏倒して、冀州に帰ったが、病がつのって死んだのである。
 
【袁紹年表】
189年  蹇碩襲撃  精兵五千を引き連れ、何進を暗殺しようとした十常侍蹇碩を殺害。 
190年  水関の戦い 反董卓連合の盟主として虎牢関を中心に戦果を上げ、董卓軍を討ち崩した。 
190年 易京楼の攻防 公孫?の立て籠る易京楼を火攻めにして大勝 
 199年 官渡前哨戦 ?陽で曹操軍と対峙するも、曹操が一時許に引き揚げたため休戦状態となる。 
 200年  官渡の戦い 関羽に顔良・文醜を斬られるなど連戦連敗。石弓隊の活躍で再び優勢に立つも配下の武将たちが次々と曹操に投降。形勢逆転した ところを一気に攻められ敗走した。
 201年  倉亭の戦い 官渡で敗れた恨みをはらそうと、息子たちと曹操に決戦を挑むも敗退。ほとんどの兵を失い、命からがら冀州に落ち延びた。 
後漢末の人物
呂布(りょふ)貂蝉(ちょうせん)
董卓(とうたく)袁紹(えんしょう)
袁術(えんじゅつ)張角(ちょうかく)
魏の武将
曹操(そうそう)張遼(ちょうりょう)
郭嘉(かくか)荀ケ(じゅんいく)
司馬懿(しばい)張こう(ちょうこう)
夏侯惇(かこうとん)曹仁(そうじん)
夏侯淵(かこうえん)徐晃(じょこう)
呉の武将
孫堅(そんけん)孫策(そんさく)
孫権(そんけん)周瑜(しゅうゆ)
太史慈(たいしじ)魯粛(ろしゅく)
陸遜(りくそん)呂蒙(りょもう)
甘寧(かんねい)黄蓋(こうがい)
蜀の武将

劉備(りゅうび)張飛(ちょうひ)
関羽(かんう)趙雲(ちょううん)
諸葛亮(しょかつりょう)
馬超(ばちょう) 姜維(きょうい)
黄忠(こうちゅう)ホウ統(ほうとう)
五虎将(ごこしょう) 徐庶(じょしょ)


三国志の基礎知識・三国志年表
三国志遺跡紹介
玲可の三国志中国史蹟旅行記
玲可の三国志民間伝承
 
その他の人物はこちらでお調べください!
  
注意:ここでの武将紹介は正史と演義のミックスした武将紹介としてなっております。
      正確にかつ詳しく知りたい方は他の専門サイトや三国志の参考本をご覧ください。

三国志情報・三国志グッズ 英傑群像 Copright(C) 2000-2011 英傑群像. All Rights Reserved.
推奨閲覧環境:このホームページはインターネットエクスプローラー4.0以上でご覧になる事をお勧めいたします。
著作権について:サイト内の画像データなどの無断転用を一切禁じます。
英傑群像トップ三国志武将紹介