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三国志武将紹介
 ここでは当サイトの取り扱っている三国志の武将を中心にご紹介してまいります。
 三国志に登場する人物は何百人といます。その中で有名な人物を選んでもまたまた何十人もいます。
 複雑な人間関係・歴史を理解することでより深い三国志の世界を満喫しましょう!
 英傑群像オリジナル
三國志武将のグッズはこちら 郭嘉もあります。
 
郭嘉・郭奉孝
若き青雲の志

 かくか。潁川郡の人。役職:司空軍祭酒。魏曹操の軍師。
 はじめ袁紹を訪れたが「覇業を成し遂げられる器ではない」と見限り立ち去る。
 その後二十七歳の時に、荀イクの紹介(程イクとの説も有)で曹操と知り合う。すぐに二人は意気投合して曹操「私の大業を達成させてくれる人物だ」と言って喜び、郭嘉は「やっと探し求めていた主君に巡り会えた」と言ったといわれる。
 呂布討伐官渡の戦いに従軍。呂布を討伐するまでの五年と西方烏丸討伐
官渡の戦い袁紹を破り袁氏を滅亡させるまでの七年間にわたり作戦立案、指導、献策を行った。その策はいずれも的確で、すべてを見透かしているかのようであった。 孫策の暗殺も予見した。惜しくも38歳の時、北方遠征中に病死する。

郭嘉・郭奉孝

郭嘉追記:
 曹操が中原の覇者となり、天下を統一すべく南下を始める直前に三十八歳という若さで惜しくも病死。
 曹操は落胆しきり、集まった重臣たちに「天下を平定後、郭嘉に後事を託すつもりだったのにその望みも潰えた。これも天命なのか」と嘆いた。
 また、 赤壁の戦いで大敗北した時も曹操は、「郭嘉が生きていたらこのような屈辱的な敗戦を味わう事はなかった」と慟哭した。正史にも残る逸話である。
 彼があと数年いきていたなら、三国鼎立は存在せず
曹操が天下統一を果していたかも知れない。

後漢末の人物
呂布(りょふ)貂蝉(ちょうせん)
董卓(とうたく)袁紹(えんしょう)
袁術(えんじゅつ)張角(ちょうかく)
魏の武将
曹操(そうそう)張遼(ちょうりょう)
郭嘉(かくか)荀ケ(じゅんいく)
司馬懿(しばい)張こう(ちょうこう)
夏侯惇(かこうとん)曹仁(そうじん)
夏侯淵(かこうえん)徐晃(じょこう)
呉の武将
孫堅(そんけん)孫策(そんさく)
孫権(そんけん)周瑜(しゅうゆ)
太史慈(たいしじ)魯粛(ろしゅく)
陸遜(りくそん)呂蒙(りょもう)
甘寧(かんねい)黄蓋(こうがい)
蜀の武将

劉備(りゅうび)張飛(ちょうひ)
関羽(かんう)趙雲(ちょううん)
諸葛亮(しょかつりょう)
馬超(ばちょう) 姜維(きょうい)
黄忠(こうちゅう)ホウ統(ほうとう)
五虎将(ごこしょう) 徐庶(じょしょ)


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