ホウ統(ほうとう)

ホウ統(ほうとう)



字は士元。諸葛亮の『臥龍』に対し、『鳳雛』と呼ばれた俊才。
劉備が荊州に拠点を得ると、その臣下となった。
はじめ来陽県令となったがさっぱり治績が上がらずクビになってしまう。
しかし「彼の才能は、治中・別駕(州の幹部)ぐらいにしないと発揮できない。」と魯粛らのとりなしを受け、重用されるようになった。
劉備に従い入蜀、かの地を得るための計略をたてた。
西暦214年、ラク城の戦いで流れ矢を受けて戦死した。
ホウ統といえば、風采のあがらない人物のイメージが染み付いておりますので、くたびれた普通の人をテーマに作りました。

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