王濬(おうしゅん)・杜預(とよ)

王濬(おうしゅん)・杜預(とよ)

王濬:字は士治。晋の益州刺史。
呉が失政により衰え、遠征の機が熟してくると多数の戦艦を建造して出兵に備えた。
このとき建材のくずが大量に長江の流れを下り、呉でも晋の大攻勢があると警鐘を鳴らす者もいたが、政治が改まることはなかった。
西暦279年、晋が呉に大挙出兵すると王濬は成都より艦隊を率いて長江を下り、西暦280年、呉が水中に仕掛けた鉄鎖等の罠を次々と突破し呉都・建業への一番乗りを果たした。

杜預:字は元凱。魏の重臣・杜畿の孫。
智謀に優れ、羊コの死後、荊州方面軍司令に就任した。晋による呉征討作戦が発動すると瞬く間に長江中流域を平定した。
このときの杜預軍の勢いを例えて『破竹の勢い』といったのがその始まりである。
ちなみに大変な「春秋左氏伝」マニアでみずから注釈書を残している。

戻る