張繍

董卓の死後、長安を支配した董卓子飼いの諸将の一人・張済の甥。張済が荊州で戦死するとその軍団を継いだ。
曹操が攻め寄せてくると、これに降伏したが、曹操が雛氏を側妾にしたため両者の関係が悪化、曹操が張繍を暗殺せんとしたため、張繍は先手をとって曹操の宿舎を急襲、大打撃を与えた。
その後、賈クの建策を容れて、曹操の攻勢を撃退し続けた。
官渡の戦いの直前、曹操・袁紹両陣営が地方軍閥の囲い込みを始めると賈クの薦め(@曹操は天子を擁しているA弱いように付いたほうが厚遇されるB曹操は天下を目指す者であるから個人的は恨みにこだわらない)に従い曹操に帰順した。
官渡の戦い・河北平定戦にも功績を挙げたが、烏丸遠征直前に病死した。
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