満寵

字は伯寧。法令に厳しく政府高官でも容赦なかった。
 汝南は袁家の本拠地で袁紹の息のかかった者の多く曹操に抵抗していた。満寵は太守として赴任すると数百の部下を率いことごとくその拠点を平定した。
 西暦219年、関羽が樊城を攻囲した際、漢水の洪水にみまわれ樊城は危機に瀕した。満寵は曹仁を励まし徐晃の援軍到着まで守りぬかせた。
 その後は東部戦線で活躍し、江陵や淮南で呉軍を撃破した。
 西暦233年、合肥城が水辺に近く水軍の強い呉軍に有利な地勢であるとして新城が築かれることとなったのは彼の建議による。
 西暦242年病没。

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