曹洪

字は子廉。曹操の従弟。
曹操が反董卓連合軍に参加し、ベン水で徐栄に敗れたおり、馬を失った曹操に『天下に私がなくとも構いませんが、あなたがいないわけにはいかない!』と自分の馬を与え逃した。
呂布がエン州を奪い曹操と戦端が開かれてまもなく、イナゴによる大飢饉に見舞われると曹洪は本隊に先行して兵糧を収集、反攻に備えた。再び戦闘がはじまると呂布方についた諸県をすべて平定した。
劉備との間で漢中の攻防戦がはじまると関中の軍勢を率いて夏侯淵を救援、下弁で張飛を破った。
曹丕(文帝)が即位してまもなく投獄され死罪になりそうになった。曹丕の母・ベン太后のとりなしで官を罷免され爵位降級ですんだ。これは曹洪が大変ケチで、曹丕の借財の申し込みを断り、根にもたれていたからであった。その後、曹叡(明帝)の代に復帰を許され驃騎将軍に就任、西暦232年病没。
戻る