曹休

字は文烈。魏一門衆の将。
 幼少のころ曹丕と起臥をともにし、曹操から実の子同様の扱いを受け、やがて虎豹騎を率いた。
 漢中攻防戦では曹洪軍の副官として下弁で呉蘭を破り張飛を撤退に追い込んだ。
 その後は東部戦線に転じ、呉軍をたびたび敗った。西暦228年、魏が呉に攻勢にでると曹休は大軍を率いて尋陽に向かった。途中、周魴の降伏が偽りと判明したが、大軍を頼りに進軍を続け、結局大敗した。一時は退路を失い窮地に立たされたが満寵軍らの救援により退路が確保され撤退できた。
 曹叡(明帝)は特に敗戦の責任を問うことなく、前以上の待遇で彼を慰撫したが、曹休は敗戦のショックから病を得て逝去した。

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