曹真

字は子丹。幼少のとき父を失い、曹操に実子同様に育てられた。夏侯淵が漢中で戦死すると征蜀護軍として徐晃らを指揮し、劉備軍を防いだ。
曹丕(文帝)が即位すると、都督に就任しヨウ・涼二州の軍勢を統べた。西暦222年には国軍の総司令に任命され、呉遠征において牛渚の軍営を撃破した。曹丕が崩じると司馬懿らとともに曹叡(明帝)を輔弼した。
諸葛亮が北伐を開始すると西部方面軍司令としてこれにあたった。第一次北伐では陽動の趙雲軍に釘付けにされたが、張コウが街亭を敗ったため蜀軍は撤退した。曹真は蜀軍が次は陳倉あたりに出撃してくると読み、城塞を築きカク昭らに守備させた。その読み通り蜀軍は陳倉に出撃したが、戦果をあげられなかった。
西暦230年、連年の蜀の侵攻に対して、複数方面より一気に蜀へ攻め込む作戦を発動させたが、長雨にたたられ街道が不通となり兵を退くこととなった。まもなく病を発し洛陽に召還されたが回復せず亡くなった。