孫峻

字は子遠。呉の一門衆。孫権晩年の側近。
 孫堅の死の間際、諸葛恪らと共に後事を任かされる。諸葛恪の専横に怒り彼を殺害。
 諸葛恪を殺害した後は大将軍と丞相を兼ね、呉の全権を掌握した。その後、専横が酷くなる。
 西暦255年、淮南でカン丘倹・文欽の兵乱が起こるとこれに呼応し出兵、カン丘倹が敗死すると文欽とともに撤兵させた。
 翌年病没。38歳であった。

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