朱然

字は義封。本来は施然であるが、朱治の跡を継いだため朱姓を名乗った。
 呂蒙の病が篤くなると後任として江陵を守備し、劉備や魏軍らから江陵を守り抜いた。
特に夏侯尚・張コウらの魏軍が侵攻してきた折には、城内に病が流行し戦闘可能な兵は5千に過ぎなかったが半年にわたる攻防を耐え抜いた。
その後は淮南戦線に転じて功績を重ねた。
 孫権の治世も後期になると呉の創業を支えた諸将が次々となくなり、朱然はその数少ない生き残りであるため、孫権は彼を頼ること大であった。西暦249年病没。

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