呂岱
字は定公。呉の南方経営の功臣。
呉の南方には少数民族・豪族が数多く存在し、事あるごとに呉の支配に抵抗した。
特に交趾地方一帯には士氏が大きな力を持っていた。そこで彼は士氏の力をそぐ措置を行い、士氏がこれに抵抗すると兵を動員してこれを滅ぼし、交州を平定した。
その後は荊州に転じて武昌に駐屯したが、南方に変事があるとそのたびに出動してこれを鎮定した。
陸遜が死去するとその後任として諸葛恪とともに荊州を統括し官は大司馬に昇った。
西暦256年病没。享年96、当時としては大変な長命である。
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