張昭

字は子布。呉の幕僚筆頭。
若いころから徐州を中心に名が知られていた。そのため陶謙に推挙されたがこれに応じず怒った陶謙に捕縛された経緯がある。その後解放されると江南に移住し孫策に仕えた。
孫策が病死する際には孫権を託され、彼が軍団をうまく承継できるよう様々な建言を行った。
赤壁の戦いでは周瑜ら武将たちが開戦論を主張したのに対し、降伏論を主張し論陣をはった。
孫権が皇帝に即位した後に張昭が宰相にされなかったのはこのときの遺恨があったからではという話もある。
この後も、孫権にいたらぬ所があると態度をあらためるまで徹底して諫言し、そのために孫権と衝突することもしばしばであった。西暦236年病没。
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