孫策

字は伯符。呉の創業者の一人。孫堅の長子。
父・孫堅が荊州で戦死すると、派閥の長である袁術の元に身を寄せた。袁術は孫策を評価し九江、ロ江を攻略させた。このとき袁術は孫策に太守に任命すると約束していたのだがいずれも反故にされてしまい、孫策は袁術に失望し独立を考えるようになった。
西暦194年、孫策の舅で袁術派の武将・呉景が曲阿で劉ヨウの攻撃を受けていることを口実に孫策は江東へ出兵、劉ヨウ・厳白虎ら諸軍閥を打ち破り揚州南部に地盤を築いた。
西暦197年、袁術が帝位に即くと孫策は袁術と絶交し、曹操と結んだ。
西暦200年、曹操と袁紹が官渡で対峙している間に許昌を攻め、帝を手に入れようと計画したが、以前殺害した呉郡太守・許貢の食客に暗殺された。
戻る