長江の旅・その1(出発編)
2002年夏、三峡ダム完成前にどうしても長江を見ておきたくて、釜中の豆さんとのチャット中に半分思い付きで行こうという計画が浮上しました。赤壁には絶対行きたかったのでそういうコースを選択しました。長江クルーズのほとんどのコースは赤壁へは行かないんです。今回行ってその理由がわかりました。それはまた後ほどということで。

←上海でお茶の入れ方を習いました。写真の細長い器の中にお茶が入っています。しばらくおいてからこれを抜くと下の器にお茶が入っていい温度になったところで飲みます。
◎長江クルーズの出発点
三国志でも重要な役割を果たしてきた長江。全長6380キロ・中国で最も長い川。ナイル川、アマゾン川に次いで世界で三番目に長い川です。三峡ダムができた暁には上海から重慶まで巨大客船が運行可能になるのだそうです。

重慶から上海までは実に2500キロ。
1994年着工、2003年には貯水が始まり、2009年には巨大なダムがその姿を現します。そうして古き衣を脱ぎすてるかのように中国は変わっていくのです。温故知新、という言葉を生み出したのは中国ですがね…。
赤い四角が長江下りをした区域。

上海の空港は虹橋空港から。
関西なら伊丹って感じですかね。
国内線も国際線も手荷物検査の
とき、靴も脱がされました。
こんなの初めて!すげ〜!
これから私が行こうとしている中国・南西部は真夏は40度にもなるという釜戸と言われるくらい暑いところ。
武漢などでは気温40度になると、学校や会社がお休みになるんですって。
だから、天気予報では39度って表示されることが多いらしいですよ(笑)

今回は上海経由で重慶(じゅうけい)から船に乗り、長江を3日かかって下り、更に荊州に上陸して赤壁・武漢へと8日かかって旅しました。
上海から重慶へは国内便の西南航空で入りました。フライト時間は2時間半。関西から上海までとほぼ同じくらいかかるんです。
陸路だと鉄道で行けるそうですが、なんと44時間もかかるそうです。これでも速くなったんですって。
三国時代、中原の端から端まで駆けた劉備って一生のうち殆ど移動してたんじゃ…?
重慶という都市は昔軍事施設があったために重工業が盛んです。
日本の自動車メーカーがここへ合弁会社を建てたため、タクシーは同じ車種で統一されています。
小型車で初乗り5元(約75円)
今は重慶市として政府の直轄市になっていますがそれまでは四川省(しせんしょう)でした。  
だからここの料理は四川料理。火が出るほど辛いのです。
しかし辛い料理は結構好きなので私的にはOK!
四川の人々は辛い料理が大好き。
名物の火鍋も食べました。
重慶の名物はザーサイ。辛い漬け物です。
中国や日本の中華街で売られているものの殆どがここのものだということです。
これが美味しくて、ビールが進みましたv
これが噂の火鍋。
最近は↑のように辛くない白いスープと二重構造になっているものも多いです。
真ん中のところは唐辛子がこれでもかとばかりに入っていておこちゃまは無理〜。
ゴマだれで食べました。
具はバイキング形式になってて肉や内蔵系、野菜など。ウサギの耳とかありました…。
しかし、真夏にこの辛い鍋とは…やるな四川省。
ザーサイのお土産。ザーサイ、と漢字変換すると文字化け(爆)
小さい真空パックが6個入って50元。
すんごく美味しかったです。
←川劇のお芝居。
仮面の早がわりが面白かったです。
お芝居・雑技・演奏といろいろ楽しめました。
お茶がついて150元。
ここでは川劇(せんげき)を見ました。
京劇というのはみなさんご存知でしょうが、こういう劇は各地方でいろいろとあるんだそうです。
四川の劇だから川劇なんですね。
他に女性だけの劇のエツ劇とかもあるようです。タカラヅカも中国公演を成功させているので
そういう土壌はあるんでしょうね。

重慶は長江クルーズの基点。
長江クルーズに来る人はたいていここに来るはず。この港には貨物も客船も大小たくさんの船が入港
していました。
重慶市の人口はなんと3000万人。
その殆どが農業人口です。土地も広いので上海ほどゴミゴミしていません。
自分のとこで取れた農作物なんかを天秤棒を担いで都市部まで売りに来る人が多いので、重慶の町を歩く人々は皆天秤棒を持っています。
彼らを称して棒族と呼ばわるそうな。
これも重慶の名物の一つでしょうか。

ところでこの重慶はどうして直轄市になったのでしょうか。
その答えは三峡ダムにあります。
皆さんもご存じのとおり、長江をせき止めて巨大なダムを作る計画が進行中です。
これにより、現在の長江の水位が最高135Mも上がるのです。
当然、長江の周辺の町は水没します。2009年までに彼らは高台へと引っ越しをしなければなりません。
その移民人口の約8割が重慶市民なのです。
移民計画をすみやかに実行させるために政府は重慶を直轄市にしたのです。

同時に数多くある貴重な史遺跡も水没します。
主に政府が国の文化財に指定した物に関しては別の場所へ移動させる工事も同時に行っています。
しかし1200もある文化遺産の殆どは水の底です・・・。
この日は重慶から長江を眺めつつ一泊しました。

港から船着場まではケーブルカーに
乗って降ります。
重慶港から北斗号という船にのります。
四つ星クラスで、室内もまあまあ。普通のホテル並の設備を備えています。
ちなみに五つ星は欧米人が良く利用するようです。
何が違うかというと、バスタブがないんだそうですよ。
しかしちょっと独特のニオイがしました。そのうち慣れましたけどね。  
北斗号。この船で2泊しました。
食事は全部バイキングで最後の方はちょっと飽きたかなあ。揺れもほとんどなく快適な旅でした。船の良いところはとにかくのんびりできること。
デッキで長江を眺めていると何時間でもそうしていられます。ちょうど曇り空で暑さも適度に抑えられ、かなり快適な旅でした。
北斗号の部屋の中。
外が明るいので暗く見えるけど本当に
普通のホテル並み。TVもバストイレも
きちんとしてました。
乗船して最初に上陸したのは豊都というところで、ここの山の上にある鬼城という場所を観光しました。
山頂まではリフトで上がり、結構涼しかったです。
黄泉の国がテーマでいわゆる「天国と地獄」という思想を表したものです。
死者は裁判を受け、天国へ行くか地獄へ行くか決まるというもので天帝、閻魔大王がそれぞれいました。

鬼城は道教72福地の一箇所。
善行をしたものは天国へ、悪事を働いたものは
地獄へという擁善懲悪の宗旨によるもの。
三国志とはあんまり関係ないかな。
 
リフトで山頂まで登ります。
徒歩でも行けるようですが結構距離ありますよ。
下を見ると丸々と太った野放しの鶏が。


おなじみの関羽と関平、周倉の三人が奉られていました。真面目に生きろよ、とかいうお手本なんでしょうか?
どうでもいいけど周倉が黒人になってるよ・・・(笑)

↑ここにもやっぱりありました関帝廟。
この豊都もダム建設によって水位があがり、移住を余儀なくされる人々が多いです。
日本なら補償問題などで揉めそうですが、中国の土地は国家のものなので、国がどけと言えばどかないわけにはいかないのです。

→鬼城からの豊都の眺め。手前の町はまるごと水没してしまいます。長江の向こう側は高台なので大丈夫。現在もビル郡を建造中でした。

次回はいよいよ白帝城へ!