長江の旅・その3
 
 

水も澄んでいて空気もひんやり。壮大な景色がイカス。


救命用具をつけて乗る。流れは結構速い。
 
長江の支流である神農渓(しんのうけい)という清流下りも体験しました。

両側を断崖絶壁に囲まれた水路で水が澄んでとても涼しかったです。
男性6人の漕ぎ手がオールともいえないような棒っきれで延々と漕ぐのです。そして水深が浅くなってきたら水の中に降りて縄を直接引っ張って船を引くのです。若い男性も結構多く、みんな鍛えられた体つきでした。すごいなあ。
昔は荷物を載せて漕いでいたのがいつしか観光客を乗せるようになったらしいです。
まあ、こっちの方が儲かりますよね。

ここは少数民族が多く住むところで、巴(ハ)族の住居跡や、絶壁の真ん中に棺を置いたところなどが見れました。
山を崇拝する巴族は死者を棺に入れて山の壁に葬るのだそうです。
小舟に同乗してくれた少数民族のガイドの女性は可愛くて、船の中で歌を歌ってくれました。
彼女の一族では歌がうまくないとお嫁にいけないんだとか。
少数民族は大学に進学する時とか、優遇されるんだそうです。
この川下りも水位の上昇とともになくなってしまうのだとか。勿体ない・・・。

三峡ダムの巨大な工事現場。夕暮れだったけど・・


葛州ハダム。前のゲートに入ります
三峡を越えると、しばらくして巨大な三峡ダムの工事現場を通過しました。
工事現場の視察のためにここを訪れる建築関係者も多いとか。
このダム、今は第二期工事に入っているのですがこれが完成すれば、これまで洪水で苦しんでいた長江沿いの住民の悩みがなくなるそうです。
長江はその大きさから一年中かならずどこかで洪水が起きていると言われていますから、このダム建設は地域住民にとっては切望されていたのでしょう。

さて、メインの三峡クルーズが終わって宜昌で下船する人も多いです。
私達の船もそうで、最後の方はもう私達のグループくらいしかいませんでした。
そんな状態で、葛州ハ(かっしゅうは)ダムを越えます。
ここで水位の調節をしているので、船はドックのようなところに入り、水を抜かれて先に抜けていきます。水位は20Mくらい下がりました。

長江の水位はここで一気に下がりました。ダムってすごいなあ・・・。

  入ったときの水かさはこんくらい。
注目はゲートが橋になっていること(笑)
 

水位調節で水が抜かれてこんなことに
そしてゲートが開く・・・

少し船のなかでゆったりと三国志話でもしながら時間を過ごしていると船は沙市(さし)港に着きました。
ここで下船し、北斗号とお別れです。優雅な旅をありがとう。


沙市からバスで30分ほどいくと荊州に到着しました。
荊州・・・・それは三国志に嫌というほど登場する地名ですね。
しかし昔の荊州とは違い、ここは荊州市です。人口は80万人。
三国時代なら南郡か江陵あたりでしょうか。ここには関羽が守っていたという荊州城があります。
この古城は小さいけれど、城壁はぐるりと町を囲んでいます。

城というより物見台のような小さな城。ここの中庭?で
女の子がお見合い写真を撮っていました(笑)

荊州城って書いてある。

当時の城壁はレンガでできていました。
レンガは石灰ともちごめとを混ぜ合わせたもので接着していたそうです。
現在のものはもちろんもっと後世になって補強されたものですが。


こうして門を開いて敵を誘い込み、
城壁の上から攻撃をしたんですね。

人が登る階段の横に物資を運び入
れる馬車のための道があります。
荊州城内に飾られていた像。ここでは関羽が真ん中。左から張飛、劉備、関羽、諸葛亮、趙雲。
実は関羽が最期の時を迎えるきっかけになった樊城はこの荊州城からずっと北にあります。
城壁を越えるとそこは町です。いわゆる城下町。下町って感じ。治安は良い方です。

城壁の向こうに見えるのは長江の支流の荊水っす。  

荊州の城下町。犬も自由奔放に生きています
当時、関羽の住まいだった場所は関帝廟が建てられ、祀られていました。みんなで交渉して、バスの運転手さんにつれてってもらいました。入場料は無料。
思えば関羽は劉備と最後の別れをそうとは知らずここでしたんですね。感慨深いなあ。
ここでも関羽の右には関平、左には周倉がいました。
この並びはどこへいっても同じなんですね。やっぱ周倉黒い(笑)

関帝廟。入場無料。中でお線香を売ってます。中は写真撮影禁止だった。
関帝廟の入り口にあった関羽像。青龍堰月刀に赤い
リボンがv
古城を後にして荊州博物館へ。ここ荊州は春秋戦国時代には楚の国の都でした。
しかし、ここでおそるべきものを私は見てしまうのでした・・・!

博物館といえどこんなにおしゃれ


当時のくしです。こんなんで皆髪とか
ヒゲを梳いていたんでしょうねえ。
それは!
2000年前のミイラ!!
あまりの生々しさに写真が撮れませんでした・・。
マジこわい!!夢見そう!写真撮ったら霊障あるかも!
大英博物館のミイラなんかぜんぜん問題じゃありません。
とてもミイラとはおもえない完璧な遺体。人体の不思議展とかであるような模型の身体みたいな。
楚の国の実力者だったと思われる60代の男性で、身長は167p。やけに歯がキレイだった。
ああっ、ダメ!思い出しちゃう・・・怖っ!
っつーかさすが、中国!こんな2000年も前のものが完璧に残っているとわっ!
霊感の強い人は荊州博物館には行かないことをオススメします。
発掘された墓地などの遺跡は発掘順にナンバーが付けられています。
ここのは168番目のものです。
でも・・・やっぱり超インパクト!!
この日は荊州で唯一の四つ星ホテル荊州賓館に宿泊。
じつはここ荊州には三国志の人物像がある三国公園というのがあるのですが、この日はもう夕方を過ぎていて、公園は夜6時までしかあいておらず、残念ながら涙を呑むことに。
あ、中国の内陸部は英語は殆ど通じませんのでご注意を。
ドライヤーいっこ借りるだけで苦労しました。とほほ〜。もっと勉強しとけ、私。
ホテルの部屋にはなぜかベープマットがありました(笑)
でも蚊はいなかったな。

次はいよいよ赤壁です!