老将と将棋

赤壁の戦いに望むに当たり、孫権と劉備の連合軍を統べる大都督の任にあった周瑜は、思い悩んでいた。
火計を用いるという策に決まりはしたが、それだけでは勝ち目がないことを彼は悟っていた。
 

「誰か・・・適切な人物が曹操軍へ偽装投降する必要がある・・・しかし・・・」
 
  周瑜は黄蓋に思い当たった。
しかし、ことは命がけである。
失敗すれば全軍、曹操の前に首をさらす事になるであろう。
  「ともかく、老将軍どのの意思を確認せねばならんか・・・」
 
  周瑜は人気のない、小高い丘の幕に黄蓋を招いた。
黄蓋は、都督がこのような夜更けに自分を呼び出すとは何事か重大な作戦を申し渡されるのでは、と緊張した。
 
  だが、そこで周瑜は
「黄公覆殿、一局、お手合わせ願えませんか」
と言って、将棋盤と駒を用意し、座って駒を並べ始めた。
黄蓋は周瑜の意図がわからなかったが、ともかく
勧められるままに将棋盤の前に座った。
 
  しかし、黄蓋は戦のことが気になって気になって仕方がない。
 
  そこで周瑜は思いきって、自分の考えを打ち明けた。

敵に偽装して投降してくれる人物が必要であること。

しかも、その人物には作戦のため、
自らの体を傷める苦肉の策を使う必要があること。
また敵のスパイに偽装であると悟らせないために
絶対秘密を守らなければならないことなど。
苦痛を忍ぶのはもちろん、命を失うおそれもある、と。

そこまで言って、周瑜は黄蓋の反応を待った。
黄蓋は、すぐにでもこの任務を受けたく思った。
だが、まず、周瑜が自分をはたして信頼してくれているのかどうなのかが気になった。
お互いに本心を言わぬまま、二人は将棋を打ちつづけた。
黄蓋は、将棋をさしながら、自分が馬や車など、
どんどん出動させるのに対し、周瑜が歩ばかりを動かしていることに気づいた。
「都督殿はどうして歩ばかりをお使いになるのです?」
と黄蓋が訊くと、周瑜は
「他の駒は動かしにくいのです」と言う。
 
黄蓋はその意味を受け取り、密かに思った。。
(この儂以外に頼れる者がおらぬということであろうか、それとも実戦では頼りにならんということであろうか・・・)
そして一気に王手に出た。
 
 
だが、周瑜は他の将や士の駒を動かして王将を助けるべきところが、わざと護衛圏の外へ王将のみを出してしまった。
 
 
「将が陣営を出るとは一体どうしたことですか」
との黄蓋の問いに、
「今は非常時です。老将軍にお出まし願う他に
この窮地を脱する手はありません」と周瑜は答えた。
 
黄蓋は驚いたが、同時に喜び、
「老将軍が必要とあらば、この黄蓋、喜んで命を引き受けましょうぞ!」と言った。
周瑜は言った。
「赤壁での戦いはすべてあなたの御肩にかかっております。お任せいたしましたぞ、黄公覆殿」
「お任せ下さい、都督殿。あなたの信頼に必ずやお応えいたしますぞ」
と言って、老将軍は王将を将棋盤の真中に置いた。
(終)